彼女のいた場所

2005年2月12日
彼女はいつも、お日様のよく当たる、公園の隅の植え込みの間にいた。

そこは人通りも多かったが、行き交う人の横でゆっくり丸くなっていた。

植え込みの間は芝生が下草になっていたのだけど、彼女がまあるくなって寝るものだから、彼女の形に草がやわらかくつぶされ、へこんでいた。

彼女はひととのバランスの取り方が上手だった。

彼女の左耳は小さな切れ込みがあって、それが彼女が一代限りだということを示していた。

どこかの病院に連れて行かれて、その処置は施されたのだろう。そういうことをされても、ひとの側で悠然と眠れる子だった。

行き交う人は家族連れが多く、少年や少女たちか代わる代わる彼女に触れて行った。彼女の一族はおしなべて、こどもが嫌いなものなのに、彼女は子供たちが自分に触れるのを受け入れていた。

それだけひとと接する機会が多くても、彼女はもらったものを食べ過ぎたり、近付き過ぎて嫌な目にあったりすることもなかったようだった。小さなほどよくまあるい身体と、手触りよく手入れされたシマの毛皮を保ち続けていた。

大雪でも、台風でも、猛暑でも、ひとが家に閉じこもっていた間も、彼女はどこかでそれらをしのぎ、お日様が彼女を照らす日になると、自分の居場所にやってきて、目を細めて行き交うひとを観ていた。

まだこの世に来て、さほど時間はたっていなかったろうに、どこでそんな距離感と居場所をみつける術を知っていたのだろう。

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私は花屋で買った白いマーガレットの花束を息子に持たせて、ベビーカーを押して歩いた。彼女がいた場所が近付くと「あいっ」と私に渡してくれた。

「さよなら言いに行こうね、お花もっていくのよ」と息子には言った。彼女は息子の相手もちゃんとしてくれた。家の猫たちにやるように、遠慮なくのしかかり全身でスキンシップを楽しんでいた。それでも彼女は小さな声で「きゅーきゅー」と言うだけで逃げもしなかった。ありがとう。ごめんね。

包み紙をはずし、彼女のいた場所にそっと置いた。

次に生まれてくる時は、もっともっと幸せでありますように。彼女は今までもきっと幸せだったろうけど、もっともっと幸せが待っていますように。

世界中の猫がもっと幸せでありますように。

そのために、私ができることは、まずは自分の猫を幸せにすること、なんだと思う。

狭いマンションに閉じ込めて暮らさせているけど、ご飯と、暖かい寝床と、新鮮なお水と、撫でる手は一生用意することを約束するよ。

猫たちが私に与えてくれるものは、そんなものでは返せないくらい、大きくて心を暖めてくれるものだから。

      ☆

それにしても、ウチの子たちはちと太り過ぎ?お腹がたるんでいて、走るとゆさゆさ揺れるんだけど、その腹が左右に揺れるってどうよ?

息子が生まれてオチオチ昼寝できなくなって、ストレスで食べ過ぎてるのもあるんだろうなぁ。ごめんよ。

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