そーよそーよ

2005年10月18日 宝塚
サトリちゃん、別に引いてなんかいませんよ!それだけ「シバ」を自分のものにしているってことじゃないですか!!ぜひこれからもどんどん盛り上げてください!

で、緑野こあら師匠。
表がまっつで裏がそのかのどこが大人しいんですか?

kineさん。芸名がそれ、なんですね。うーむ。女装でしょうか?夢を叶えるのか?

              ☆

これだけでは何なので、ケロ話。

檀ちゃんMSで集まったとき、ずっと師匠に聞いてみたいと思っていたことをおうかがいした。
「まとぶんは剣をなめてましたか?」

唐突な私の質問に驚かれる師匠。
「王家の話です、中日王家!」

そう、師匠はケロバルドの剣なめにこだわってらして、その写真を探しておられた。花道での一瞬の出来事だからねぇ、なかなかそんな写真はなくてねぇ。
まとぶんが剣をなめてたかどうかが私は気になっていたのだけど、ネットでは全然わかんなくって。師匠ならご存知だと思って。私、中日行かなかったから(当然)。

師匠によると、なめてなかったそうです。

「でもあれって、ちゃんと台本にあるんですよ。“ウバルド、剣をなめながら”ってト書きあったもん。それにケロちゃん、お茶会の質問でウバルドは弟にしたいか兄にしたいか、みたいな質問に“剣をなめる弟なんていらない・・・”みたいなこと言ってましたよ!?え?自分の意志じゃないですよ!キムシンの演出ですよ!」

皆さん、脚本読まれないのね・・・。ちゃんとル・サンクに載ってるのに!ケロちゃんは脚本に忠実なのよっ!

じゃあなぜ、中日でまとぶんはなめなかったか。キムシンの演出が変わったからではないかと皆が言う。あの剣なめアクションはケロちゃんのための演出だったのか?王子らしからぬアクション。

さらに師匠はおっしゃる。

「まとぶんは王子だったもの。ケロは王子じゃないでしょ?妾腹だって言っても誰も異議となえないでしょ?」

くっ。失恋逆切れ男。しかも妹相手だよ。まぁ、とうこちゃんだからだろうなぁ。

だから、はい、師匠のおっしゃるように、飛雪をケロちゃんがやっていたら遠慮なく話曲げてしまってたでしょうから、出なくて正解だと思います。抑えろったってとうこちゃん相手だと抑えられないんですよ!
きっと!!

でもなー、どんなに話を捻じ曲げようと、とうこラブでも、脚本過剰解釈でも、今もそこにいて欲しかったよ。今頃髪の毛伸ばして、スカートはいてたら、まそれはいいとして、太ってたらどーしよう!?

間もなく10月20日、汐美真帆さんのお誕生日です。

私もびっくり!

2005年10月16日 宝塚
「レイ」がサトリちゃんのオリジナルネーミングだったなんて。

プログラム、読んでないので全く疑いもしませんでしたよ!
びっくりー。

そして同時に、サトリちゃんへの全ツショーへの深い深い思い入れをひしひしと感じました。

そこまで愛してくれる人がいるショーで良かった!と大介先生に変わってお礼言いたいくらいです。

海の向こうまで突っ走って下さい!
星組DC公演「龍星」初日観てきました。

数日前から私は歪んだ期待で一杯でした。児玉っちの脚本はどれだけぶっ壊れているだろう。そのぶっ壊れた脚本をとうこちゃんがどれだけまともに見せてくれるだろう。楽に向けてとうこちゃんがそれをどこまで力技で感動できる話に持って行くだろう。わくわく。

なんて。

それがなんと、マトモでした!!びっくりだよ。

もちろん、児玉っちは児玉っち。ちょっと前の少女漫画みたいな作品で、群雄割拠な大中国を舞台にしたと思えない底の浅い玉座をめぐる話にしちゃってるし、なんだかもう、セオリー通りっていうかあらかさまだし。

それが「面白い」と思える作品になっているのは、やはりとうこちゃんの力なんだと思う。とうこちゃんの力プラスキャスティングがはまっていること。

最初はとうこちゃんとれおんくんとのW主演か?みたいな感じでびっくり。それも普通の作品なら、れおんの役が主役のやる役。比重、ではなくつまりれおんが白い正統派の役で、とうこちゃんの役は2番手の黒い役。この黒い役の方が「龍星」では主役なのだ。無理に持ち味を逆にれおんくんに黒い役を、とうこちゃんに白い役を振らなかったのは正解。でもその分、黒い役をやるとうこちゃんに力がないとこの話は成立しない。れおんくんにもまた華と力があるから。

とうこちゃんの役はなかなかセリフが出て来ない。本物の「流星」とその身代わり、でもない実は3番目の存在のとうこちゃんの演じる人物。だからなんだかその存在が頼りない。密偵として意のままに動かされているようにしか、1幕の最後近くまで見えてしまう。

それがとうこちゃんが真実を知り、最後の歌になるところで全て引っくり返す。意志が目覚め、野望が伝わって来る。とうこちゃんの力技だ。

私が座っていたのが下手のやや後ろだったせいか、何度かとうこちゃんと視線が合った気がした。とうこちゃんが意志を持ってにらみを効かせた時の視線がまっすぐこちらに来て、どきっとした。そしてその思いが伝わってきたような気がした。とうこちゃんの名前にふさわしい瞳の強さだった。

2幕目になっても見せ場的にはなんだかれおんくんの方が美味しいような気がした。相手役がうめちゃんていうのも大きい。今回のうめちゃん、女だてらに兵士、しかも2刀流でカッコイイのなんの。活き活きしているしそれでいて可愛くてヒロイン。殺陣もたくさんある。うめちゃんはこうでなくちゃ!れおんくんとの並びもばっちりで、目にも美しいカップル。1幕目には剣を合わせていた相手と2幕目最初にはきっちり出来上がっているし(笑)。そんなのが寄り添っているかられおんくんの株も上がる。

とうこちゃんの相手役は南海まりちゃん。なんでこの子がなかなか新公ヒロイン回ってこないのか、と不満に思っていたから、今回のヒロイン抜てきは正直に嬉しい。しかし、華と生気に満ち溢れたうめちゃんの隣に並ぶとなんだか地味。とうこちゃんとの恋愛も人質とニセ皇帝、れおん&うめのように簡単な関係ではないからストレートには伝わりにくい。

話自体はそんなに複雑にドラマを積み上げていくものではなくて、かなりの比率でショー的な場面があるから(児玉っち、BMBみたいなショーを作ってみたらいいのに)、それを観ているだけで楽しいし、話を追いきれなくて困る、みたいなこともない。

2幕のクライマックスは、とうこちゃんとれおんくんの対決場面。でも2幕目始め当たりから空しさを感じさせ始めたとうこちゃん流星の末路はなんとなくわかってくる。そしてそれはとうこちゃんにふさわしい。
れおんくんの末路もまた、こうだろうな、というもの。地味だなぁと思っていたみなみちゃんもラストに来て、こうくるからこの子はこういう役づくりだったんだ、と納得。いじらしく可愛らしかった。

1幕目のラストと2幕目のラストは、とうこちゃんの同じセリフで締めくくられる。だが全く同じセリフなのに、その心情は全く違う。それがドンとくる。

2幕目の最後のあのとうこちゃんの痛々しさ。こちらまでこころがひりひりする。「凍てついた明日」のジェレミーの「死にに行かなくてもいいじゃないか!」に匹敵する(←言い過ぎ誉め過ぎかも)残された者の慟哭が込められた叫び。それを生で聞かせてもらった。

うめちゃんは最後にまた出て来るが、またそれもうめちゃんらしい。なんだかおっ母さんで(笑)。

ちょっと誉め過ぎたかもしれない。まだ初日なのでなるべくネタばれしないように書いたつもりだけど、ぜひ観に行っていただきたい。とうこちゃんの黒い魅力、そして生の傷付いた表情を観て欲しいから。あくまで脚本には期待しすぎずに、がポイントかも(笑)。私は1回きりの予定だったけど是非是非もっと観たいよー。

その他のキャストたちも頑張ってる。きんさんもいいし、みきちぐも面白い。あかしもなかなか美味しい役だけど、「いつも冷静なお前が」には笑ってしまった。「いつも熱いお前が」ならわかるが(笑)。衣装もかなり新調じゃないかな?いくつか長安のが紛れてるようだったけど、どれもなかなか綺麗。特に群舞のが美しくて楽しい。セットは大きな階段をメインにすえているだけで簡略化されたものなので、その分予算は衣装に使えたのかも。音楽もとてもよかった。とうこちゃんの歌唱力のせいもあるだろうけど、今回は歌詞がとてもわかりやすかった。いや、児玉っちの単純明快な歌詞のせいかも(笑)。

最後にお約束(?)のケロちゃん話。観る前はケロちゃんがこの作品に出てたらなーと具体的な願望は特にないままに思っていた。単に淋しかっただけだけど。でもこの作品に出ていたら、あのとうこちゃんは観られなかっただろうな、と思う。
だって、ケロちゃん「とうこ・らぶオーラ」を半径3mには出しまくってしまうし、それがあるととうこちゃんも精神的余裕が出てしまう。「巌流」と同じでキャリア的に周りから突出しているとうこちゃんだけど、そこに今回はたった一人で立つことで、最後のあの孤独の絶唱が際立つ。ケロちゃんがいたらこうはならなかっただろう。
ま、そんなこんなで、とうこちゃんってすごいな、強いな、哀しいほど強いな、強いから哀しいな、でもその強さが魅力だ、好きだよ、なんて思ってしまった。
星組全国ツアー公演「ベルばら/シバ」を観た。

感想。

私は来年の「ベルばら」大劇場公演を観る自信がなくなりました。

「ベルばら」ってこんなにひどい作品だったっけ!?歌劇団の戦術にまんまと乗せられ、「役代わりかぁ。一番観たいのはゆうひくんバージョンだなぁ。でもそれなら他のバージョンも観て比較しようかしら。お正月にコムちゃん持ってくるなんて、ほとんどイベントよね。イベントは参加が基本かも。なに、A席B席1席ならいくらでも取れるもーん」などと思っておりました。

自重しよう。「ベルばら」見続けるとなんだか、タカラヅカそのものが嫌になりそうだ。

私の「ベルばら」ファーストコンタクトは、マンガでした(外伝もしっかり読んだ!)。だからそのイメージが一番強い。オスカルは女だけど愛国心と生きる信念持った軍人で、アンドレはコドモにはちとわからん大人の魅力の持ち主で、フェルゼンは線の細い軟弱な優等生王子さまで、そしてあの話全体が、アントワネットの人間としての成長物語、ってな印象だった。だってアントワネットの最期はそれは素晴らしいんだよ。髪を切られ、断頭台に顔を伏せるその時の瞳の描かれ方が。

だからタカラヅカの「ベルばら」は、なんつーか歌舞伎っつーか、型っつーか、TCAっつーか、ドラマじゃないよなー、と思って前のときは眺めていた。

それでもまぁ、盛り上がるシーン(今宵一夜とかバスティーユとか)で盛り上がる理由もわかるし、一応、ストーリーらしきものもあるし。まぁ、ご贔屓が仮装して出てりゃそれもプラスして楽しんで観られないこともない、なぁ、って思っていたが。しかし。

星組の見慣れたメンバーで、思い入れもあるはずなのに、今回の「ベルばら」はどーにもこーにも。なんだか、わたるくんとしぃちゃんとすずみんととなみちゃんとその他星組メンバーが扮装してるのを観ているような感覚が最後まで抜けなかったよ。一応、キャストとは切り離して話に入り込めると思っていたのに、違ったのだろうか。自信がなくなってきた。

わたるくんは衣装とっかえひっかえ。背が高く円熟期に入ったと思われる堂々としたトップぶりで、衣装も着こなし、格好よかった。剣よりも学問が得意そうな線の細いスウェーデン貴族フェルゼン、というより剣が一番得意な騎馬連隊長(だっけ?)だろう?と思うほどのたくましさがあったかが(笑)。ラストの牢獄シーン、四の五の言わず、アントワネットを肩にかついで逃げれそう。存在感に並々ならぬパワーがあるから、メルシー伯への逆切れシーンも「いやあのその、私が悪うござんした」と思ってしまった(笑)。

となみちゃんはセリフ回しが???で。フェルゼンとの逢引シーン、手前勝手なことを並べていても、前の宙組のとき、私はここでなんだか説得されてしまったのだ。あれは私が花ちゃんマジックにかかってしまっていただけなのかな?となみちゃんのはなんだか大芝居で声が高く浮ついているような印象が残ってしまった。となみちゃんて芝居ヘタだったっけ?いやいや、長崎でちゃんとやってたよ。終演後、kineさんに「あれは花供養とセリフ回しが同じ。植田演出じゃないかと緑野さんと言ってます」といわれてなるほど。衣装に負けない華やかさはさすが。でもとなみちゃん、脚もとってもきれいなんだよねー。今回ドレスばっかりで見られなくて残念。次に期待します。

しぃちゃんは、とっても明るいアンドレ。アンドレといえば陰のある(特に失明というか大人になってからは)大人の男、という先入観を覆す明るさ。しぃちゃんの笑顔も天然だなぁ。なんて観ていたら、やっぱりしぃちゃんにしか見えなくなってしまって困った。

さらに困ったのがすずみん。すずみんは期待通り(すみません)登場シーンからマントをひるがえしてくれた(笑)。念を入れて作ったんだろうなぁという金髪のカツラもよく似合っていた。が!やっぱりオスカルの扮装をしているすずみんにしか見えなくなってしまって(泣)。

でもって、この2人が出てきてからむと完全にバカップルだし。いえ、脚本のせいですよ。

ストーリーやセリフに疑問は山ほどあるので覚えきれないが、一番私がびっくりしたのは、ジェローデルがスウェーデンのフェルゼンのところにきて「オスカルは死にました」と言ったときの(いや、死んだと告げられるのは、もうギャグにしか見えなくて)フェルゼンの反応。友人であり自分を恋い慕っていたはずの女が、いきなり反乱軍に入って死んだことにびっくりしないのか!?敵側に寝返ってたんだぞ!?自分や恋人のアントワネットに反旗を翻したんだぞ?さらにアントワネットを助けて欲しいってのがオスカルの遺志?もう何がなんだかさっぱりわからない。それを「可哀想」で片付けて終わりかい?とほほのほ。

とほほ気分にどっぷりつかったまま、幕間になってkineさんと合流。

「なんだかもうTCA観てるような気分になって(み)」
「TCAならもっと面白いシーンばかりをやるはずです(kine)」
「そ、そうですね(み)」

「華やかなエンディングのないベルばらってのも物足りないんですよ(み)」
「エンディングのついたベルばら一本モノと、90分で納めた後にショーがついたのとどっちがいいですか?(kine)」
「・・・こっちのほうがいいです(み)」

原作読んでない人には全然ストーリーわかんなかったでしょうね、などと話をしながら幕間を過ごす。ショーは面白いらしいことにとりあえずほっとする。シヴァパートはみんなで分担しているらしい。

ショーは大劇場で見たのとほぼ同じ。なるほど、イシちゃんの登場場面もとなみちゃんに振ったりうまくやっている。となみちゃんはこれがお披露目なのに、トップ娘役として全く遜色ない。

そしてしぃちゃん!とうこちゃんのパートに入って大活躍。タキシード、格好いいじゃないですか!
プロデューサーもちゃんとプロデューサー。とうこちゃんはとってもうさんくさい業界人っぽいニオイをぷんぷんさせていたのに、しぃちゃんは全然うさんくさくない。すごくまっとうな人に見える。

当然、レークへの仕打ちも、ストレートに女を取られたことへの怒り。オーキッドが屈折した複雑な思いを抱えていたのとは異なる。特に演出が変わったわけではないので、ひたすら本人の個性の発露なんだなぁ。すごいなぁ。

場面場面もそれぞれ楽しく切なく、歌も耳なじみがよく、目にも楽しい。檀ちゃんとの別れの場面は、ハンカチを小道具に使ったこれからよろしく、の場面に作り変えてあった。大介先生いい仕事してます。

階段が小さく、出てくる人数も少ない。これは全国ツアーなんだなぁ、梅田で全ツを見るというのは不思議な気分だ。しかし、お芝居では全ツ感はなかったが?と終演後、kineさんに言うと「お芝居は2人か3人しか舞台に出てないから当然ですよ」とのこと。そうかぁ。大人数が繰り出すバスティーユとかないもんね。

とまぁ、こんな感じ。息子を預けてまで観にいく価値があったかといわれると疑問だが、まぁショーは楽しかったのでよしとしよう。

しかし、来年の「ベルばら」どうしよう、もうホントに。

ところでこの「ベルばら」って「フェルゼンとアントワネット編」ですよね?プログラム買ってないからわからないんだけど、公式とかには「ベルサイユのばら」としか書いてなくて。まさかこれが○○編とかじゃない、宝塚の「ベルばら」のデフォルトとして世の中に出すものじゃないよね?
わーん。せっかく観劇しているのに、全然感想書いていない。

書きたいことはいろいろあるのだけど、息子からもらった風邪が治らず、咳が止まらない。一日のんびりすれば治るのだろうけど。いつになったら「のんびり」できるようになるのだろう。

【オサコン】
・私はオサちゃんは特に好きでも嫌いでもないです。でも「王者の孤独」は大好物。常に勝ち続けなければならないものが背負った宿命、それに敢然と立ち向かう人、みたいなストーリーね。宿命に勝ち続けるためには、それだけの能力と努力が必要。オサちゃんはそれを落ち合わせた人だと思っていました。

・今回、まさにその努力の部分を見せてもらいました。スネアドラムやタップ、ダンス、オペラ歌唱。大劇で涼しい顔して真ん中にいる姿が常だったのに、もう額に汗が光る光る。回りを取り囲む生徒さんたちが若いこともあって、それに混じって踊りまくるオサちゃんの必死さがモロに見えました。とても人間っぽくて、好感が持てました。

・人間ぽくないトート様もまたよかった。客席から登場して、普通の舞台メイクで余裕でトート様になりきって歌ってました。表情がよかったなぁ。客席には本来の相手役(?)のゆみこちゃんも来ていて、どういう想いで見ていたんだろうなぁと思いました。

・梅芸は初めてでした。「これが演歌歌手の舞台をやっていたコマ劇場かぁ」とものめずらしく見回してました。座っていたのは3階最前列。立ち上がると転げ落ちそう。怖いよ〜。でもね、座ると結構手すりが遠いせいか舞台がやや欠けてしまう。楽だったせいか、慣れたヅカファンが多く、マナーよく座っている人ばかりだったけど、演歌歌手の舞台なんかだと背もたれから背中浮かせちゃう人多かったんじゃないかな?ちと見づらいです。そう思うとどんなに端に座っても舞台が欠けない大劇って配慮されてるんだなぁと。見にくい席にお付き合いいただき、ありがとうございました。師匠。

・オサちゃんは小学生の頃からオーケストラをやっていたそうだ。夢中になってあちこちで演奏していたらしい。クラリネットに夢中だったお嬢さんがなぜ、結局このような道に入ることになったのだろう。ファンの方ならご存知なのかな。

・終演時間が押す押す。アンコールもあったし、5時頃終演のはずが6時を過ぎていたような気がする。舞台自体、オサちゃんが疲れているのがなんとなく伝わってきた。あれだけ踊って歌ってしゃべってれば、5公演目ともなるとかなりしんどいことだろう。つくづく、トップスターというのは「使い減りしない人」でなければ務め上げるのは難しいんだなぁと思った。お疲れさまでした。まだ東京があるんだよね。頑張って。

【宙楽】
・正直、観劇する気がなかなか起きず、1週間前まで悩んでました。kineさんの日記を読んで理由がわかりました。お芝居もショーも暗いんですよね。なんか発散できない。だから腰が重かったんだ。私はお芝居がそれほど好きでもなかったし、加えてショーもなんだかなーという出来でいくきっかけにならなかった。それでも行こうと決めたのは、1時開演だったから(笑)。息子をチャイルドルームに預けるのに、お弁当を作らなくてもいいと気づいたからでした。

・そのチャイルドルーム。NHKの取材が来てました。「すくすく子育て」か何かの取材らしい。「子供さんが遊んでいる風景が写るかも。ご了承を」ということでしたが、息子は結局ほとんど昼寝していたらしい。映りませんな。取材スタッフさんが「皆さん、慣れておられますね。子供さんも泣かないんですね」と感心してましたが、取材に来る日が悪いよ。宙楽(&サヨナラショーつき)のチケット手配してくる人なんて、観劇慣れしてる親子ばっかりに決まってるじゃん。取材のテーマは、何だろう?「子供を預けて育児リフレッシュ」かな?

・芝居は2回目を観てよかったです。初回と大分印象が変わりました。特にルーナ伯爵かな。ガイチさんの感情表現が豊かになった気がする。特に最後の「弟だよ!」と告げられて愕然とするところとか。

・それにしてもたかちゃんは格好いいなぁ。うっとり。花ちゃんはきれいで可愛くて清楚でいいなぁ。これぞタカラヅカ、のトップコンビですな。

・ショーはやっぱりあんまりいい出来じゃないと思う。どっかで見た場面、ってのが多い。タイトル「ヴォヤージュ」は、旅って意味だよね?全然旅って感じじゃないんですけど?衣装も結構使いまわし?ハロウィンの緑色のワンピースはドルチェ・ヴィータのみなみちゃんたちが着ていた服だよね?ラッキースターの黄色い衣装もたんまりと。ピアノの場面のスパニッシュの衣装はESPのシューマッハのと同じだと思う。

・そのピアノの場面。終演後、「あれって、ドルチェ・ヴィータのサテリコンのぱく・いえ、影響されたっちゅーか、インスパイアされた場面ですよね?」と緑野こあら師匠に確認すると「いえ、ドリキンと同じだと思いますよ」とのお答えが。私、ドリキン観てないもんなぁ。でも、タニちゃん→わたるくん(船乗り)、るいちゃん→檀ちゃん(ドルチェ・ヴィータ)、ガイチさん→とうこちゃん(ディアボロ)、宙組イケメン長身軍団→コーザノストラ、みたいに置きかえれないかな?ガイチさんの周りには歌姫たちもいるしねぇ。でもなんか美しくない。翻弄されるのはタニちゃんもわたるくんも太陽系のスターさんなのになぁ。何が違うんだろう。いかんいかん、全てにドルチェ・ヴィータの世界を求めては。あれは特異な世界、別次元のお話だったんだ。そこへ私たちが迷い込んだだけ。結局私はあの世界に囚われているのかなぁ。

・ガイチさんはあちこちの場面で胸にお花をつけていた。穏やかな微笑みが胸に迫った。まだまだやりたかったんだろうなぁ。余裕さえあるもの。

・他の退団者も探した。ともちんバウでサチをやっていた女の子。可愛かったのになぁ。もったいない。一緒に退団する男役さんも同期だったんだね。サヨナラショーでデュエットダンス踊れたのは記念になったろうな。

・サヨナラショーはあっさりというか。ガイチさんの一人舞台のようだった。あんまり宙組の組子とからなまない。特にタカちゃんと花ちゃんは全くサヨナラショーには出なかった。ちょっと残念。タカちゃんとからんだ舞台なかったっけ?うーんうーん、全ツの風共?白昼?確かに掛け合いする場面はないような気も。でもちょっと位なんとかならなかったのか?演出はショーの先生だから三木先生かねぇ?ちょっとだけ嬉しかったのは「ジャズマニア」のシャレードがあったこと。ガイチさんが歌ったのはまみさんバージョンじゃなくて、リカちゃんバージョンだったはずだけど。タニちゃんるいちゃんが着ていた衣装もちゃんとシャレードの衣装だったな。こうして、私が最初にタカラヅカにはまったまみさんの時代のカケラがどんどん、過去のものになっていくんだなと思うと寂しかった。

・ご挨拶も涙涙、というわけではなくて、まだ東宝がありますので、という感じだった。ガイチさんを暖かく送り出そうとうするタカちゃんの雰囲気がよかった。組長も同期だからご挨拶も伝えようとするものがあったように思う。

まだまだ書き残したことあると思うんだけど、きちんと書こうとすると(頭の中では練っていたのだけど)時間がかかって忘れてしまいそうなので、とりあえず書きました。

2004年9月2日

2005年9月2日 宝塚
去年の今日はこんなに暑い日だったっけ?

確か花組公演中だった。一日遅れのレビュー記念日だったかな?

覚えているのは、ひっきりなしにやりとりしたメール。白い手紙が来たことへの確認。連絡のつかない友人への電話。携帯への充電。

2005年のカレンダーのメンバーに入っていたから、油断していたんだったっけ。

今日、ふと妊娠が発覚した日のかきつけをみつけた。心配していたのは仕事のこと(産休が取れるかどうか)と、汐美さんの退団と重ならないだろうかということだった。

一人目のご贔屓だったまみさんの退団を見送って、汐美さんの退団までの間に、息子は生まれたんだけど。出産後1ヶ月程して観劇に復帰したよなぁ。

今思うと、汐美さんの退団をちゃんと見送れてよかったな、と思う。

まぁ、そんな感じ。

去年は今日から怒濤の日が始まったんだよな。ちゃんと見送れてよかった、うん。それだけは幸せだった。

これからももしご贔屓が退団することになる人がいたら(いずれみんなそうなるんだろうけど)、みんな悔いなく見送れますように。

で、汐美さんは今、どんな思いでいるのだろうなぁ。

      ☆

今日もまた星組で退団者が。なんとなく、名前似てるなぁ。
さて「炎にくちづけを」の感想。私は原作のオペラを全然知らないので、一体どんな話かも知らずに劇場へ行った(緑野こあら師匠からラブシーンの話だけは聞いていったけど)。

私はキムシンは好きか嫌いか、といわれると嫌い。私は宝塚で現実を忘れてのほほーんと楽しみたいんだよー。美しいものを見、夢物語に酔って、ご贔屓にうっとりする。これが私の宝塚の楽しみ方。だからキムシンに国家がテロが拉致がといわれても困るんだ。いや、考えないわけではないけど、わざわざ宝塚でやらなくてもいいと思うんだ。そういうテーマでやってる舞台は他にもあるんだから。
(のほほんと楽しみたいが、「愛のソナタ」は嫌だー(絶叫))

まぁ、でもそういう気持ちのとんがった若い演出家を野放し、もとい好きにやらせてるっていうのも歌劇団の懐の広さかなぁとも思う。守りに入ると発展はないから。

で、今回は排他主義、っすかね。キムシンの目の付け所は。モチーフは宗教っつか中世キリスト教。

観ながら考えていたのは、生徒さんの中に、クリスチャンはいなかったのなかあ?ということ。特に兵士役さんたちの中にね。ジプシーたちが処刑されるところとか、マンリーコが火刑にされるところ。花道まで居並ぶ兵士たちは薄笑いを浮かべている。演出だろうね。これはあくまで中世の話であり、キリスト教はモチーフ、実際はこうじゃない、とわかっていても、ここで観客のひとりとしては、マンリーコ(やレオノーラ)を、笑みさえ浮かべながら今まさに死に追いやろうとする排他主義者たちを憎み、カタルシスを待ち望むというところに自分の感情が昇華していかなければ、この話は面白くないと思うのだ。

私はね、辛かった。本当のキリスト教はそんなんじゃない。そんな思いにとらわれてしまった。それは多分、私が中途半端だけどキリスト教に親しんでいる人間だから。演じている人たちは薄笑いを浮かべるのは辛くなかったかな?ま、大丈夫か、演じるプロだもんね。私はキムシンの皮肉をマトモにくらってしまったのかもしれない。

今回は「あくまでモチーフなんだよ」の表現レベル、つまり寓話化が物足りなかったと思う。舞台が古い中国や古代エジプト、神話の時代の日本なら生々しいテーマでも、「寓話です」という下駄を履いて舞台を観るから、苦笑する程度で済んだのだけど。
キリスト教にしろジプシーにしろ、今まさに、この時代で接することのできる人たち。でもその真相を知ってるような知らないような存在をモチーフにするのはちょっと無理があったのではないか。

いかにこの時代のキリスト教が愚かなことをしていたか、これは寓話なんですよ、という念押しをする1場面でも入れてくれればもっと気持ちよく見られたのになぁ、と思う。
マンリーコが牢屋にひったてられるシーンもそう。いつ捕まったんだ?なんで?とかストーリー的にもはしょり気味。アズチューナの「復讐を果たしました」のセリフも周囲の叫びに飲まれてよく聞こえなかったりするし。それにアズチューナの本心はどこにあったのだろう?これも簡単にはわからない。
キムシンの作る場面の隙間を、自分の感性と知識で埋め合わせ、舞台の進行と一体になりながら渾然と観劇できる人に、この舞台は向いていると思う。
逆に言えばタカラヅカを見に来るある大きな層、植田芝居を心地よく感じる人たちの層には、不親切きわまりない作品だと思った。自分で理解し、自分の感情を観察せねばならないんだもの。

もうひとつ、私がカタルシスを感じられなかったのは、ガイチさんの役の問題もあったかなぁ。私にはルーナ伯爵が何を考えてる人か全然わからなかった。イコール魅力もわからなかった。ガイチさんはとてもよかったよ。歌も上手いしメイクもばっちり。立ち居振る舞いもよかった。
でも、キャラクターとして、時代の常識に従った人ではあっても、例えば弟を必死で捜し求めている場面とか、肉親の情でもって動く場面とかがあれば、最後の悲劇はもっと効果的だったと思う。あなたがあれだけ捜し求めている人をあなたは自分で殺してしまったのだ、と思える。ここもキムシン、不親切。

というわけで、キムシンらしい作品だった。でも私は「スサノオ」よりはマシ。「スサノオ」は作品としてどーにもしんどかった。あれは水くん、魅力的だったなぁ。キムシン作品、やっぱり私が観るときはエネルギーが要るな、と思った。

もちろん、頑張って観にいった大きな理由は、たかちゃん花ちゃん。大好き。現実感がなくて美しくて、どちらもがトップとしての力技をもった人たち。「これぞタカラヅカ」だと思うもの。

今回も、その力は充分。花ちゃんのドレス姿は美しくて美しくて。修道院の場面で皆が「その若さ、その美しさで修道院に入るとは惜しい」みたいな歌を歌うのだけど、まさにその通り、という立ち姿。黒い服がかえって痛々しさを強調し、集団の中からくっきりと浮かび上がる。
たかちゃんも王子さまなのだなぁ。吟遊詩人が美しすぎる。しかも歌い上げるときの力強さ。この人はトップなんだ、と納得させられる(いや、2番手がたにちゃんだったってのもあるかもしれないけど)。

巨大若手たちはみんなジプシー。タニちゃんがやっと兄貴分に見えるよー(ここまで長かった)。ついつい目が行ってしまうのがともちん。私、濃いの好きだなぁ。いりすくんも。

しかしまぁ、相変わらずキムシンは主要キャラクターを数人分考えたら後は考えるのを辞めてしまうのね。「その他大勢」でおしまい。2回もキムシンに当たった宙組、次はオギーか景子先生に当ててあげてほしいよ。

作品的にはリピートは辛い。楽は観たいがこの作品を何度も観たいかといわれると、うーん。ショーがよければいいんだが、ショーはショーで・・・だもんなぁ。さてどうしようかな。
保育園で水疱瘡が流行り始めたので、宙組「炎にくちづけを」を観にいってきました。

え?どう関係があるかって?大有りですよ、私には。

保育園で水疱瘡が流行る→息子にもうつる→(潜伏期間は約2週間)→会社休まないといけない→水疱瘡は医者から登園許可が出るまで保育園にいけない伝染病、完治まで約1週間→息子のために会社休んだ後で私用の休みは取りにくい、チャイルドルームに水疱瘡明けの子も預けづらい→宙組公演期間はあと3週間。今行っておかないと見逃すかも?

ま、こんな感じです。実に2ヶ月ぶり。檀ちゃんの大劇ラストデーを見届けて「これが最後の観劇になっても悔いない」なーんて書いてしまったけど、この夏、危うくその通りになるところだった(苦笑)。

それに。

先日のラインナップ発表で判明した、次の宙組公演。大作だかなんだか知らないけど、恐ろしいタイトルがついている。こ、これはいよいよたかちゃん花ちゃん退団!?ならなんとしても今回の公演も観ておかなければ!

私はキムシンはあんまり好きじゃない。「鳳凰伝」は好きだけど。「王家」も好きだけど。「愛のソナタ@最初のご贔屓の退団公演」の恨みはそれではチャラにならんらしい。「スサノオ」もなぁ、観てて胃が痛くなったし。

でもたかちゃん、花ちゃん好きなの。その一心で大劇場に駆けつけた。なんつーか、やっぱりキムシン、でしたわ。キムシンは4以上の数を数えられん人。今回も「1.2.3.いっぱい」で役は終わりだった。

ショーもなぁ。これがタカハナのラストショーとしたら耐えられん出来。しくしく。

感想はおいおい書いていきます。

           ☆

緑野こあら師匠の日記、完全復活!わあい!書かれるスピードに読むスピードがついていかない。師匠の日記は噛み締めるようにして味わうべき。でないと重要なことを見逃す。ええ、掛け算ばっかりじゃないですよ!?師匠の目の付け所のすごさは!

8月14日付の日記を読んでうなってしまった。すごい。あのセリフひとつ付け加えるだけで、「あの」長崎がごごごっとオギー方向へ動いていった!確かにあれはオギーだよ。すごい。師匠、尊敬してます!

んじゃあ、キムシン方向に動かすにはどんなセリフがいいだろう?「伊佐次、死んだのか?なら心は、心だけは自由だぜ!」かな?それとも「人間、死んじまえば、罪人も役人も唐人もみんな同じかもしんねぇなぁ」かな?いやいや。私は師匠ほどの文才、洞察力がないからぴたっとくるセリフが思い浮かばない。

師匠の行動力(&体力)にも驚嘆するが、あれだけのことを考え続けてる頭の中ってのもすごいもんだと尊敬しています。

           ☆

久々にムラに行くと、店頭に貼ってあるポスターもがらっと変わっていた。その中に妙なポスター発見。なんだかイシちゃんがイシちゃんがイシちゃんがイシちゃんがイシちゃんがたくさんいる。ファンの人が切り張りした手作りかしら?と帰宅のために急ぐ足を止めて見てしまった。

こ、これはDSのポスターじゃないかあ。ああ、びっくりした。

そういや芸能生活20年だかなんだかだったよなぁ。今回のDSはそれを振り返るっていうコンセプトなのかしら?

ホテル阪急インターナショナルのサイトで見られると思います。師匠ならこれ、全部作品名と役名、お分かりなのでしょうか。

激務の後遺症

2005年8月12日 宝塚
ほとんど日記を書けなかった7月から8月上旬にかけて。

ええ、ほとんど会社にいましたよ。忙しくて忙しくて。でもこの位の忙しさならもちろん、入社以来何度かあったけど、出産以降では初めて。

今までなら家に帰れば寝るだけでよかったのが家事育児があり、出社ギリギリまで寝ていればよかったのが朝6時半に起きて息子の世話をして保育園に連れていかねばならないってことで、状況が全然違う。しんどいよー。
特に朝の数時間は貴重だったと思い知る。

それに、諸事情で実家の母に息子を頼めなくなってしまった。精神衛生上ものすごーく辛かった。朝起きるて熱はないか、いつ保育園から「返品コール」が携帯にかかってくるかとずっと構えてなければならないというのは本当にしんどかった。
いつ呼び出されても何とかなるよう、常に前倒し&私でなくても事情がわかるよう資料を用意しておくというのは、必要以上に時間と手間がかかる。そんなことしている余裕、全然ないのに。

今までいかに母に世話になっていたかが身にしみた。電話一本で呼び出される母には申し訳ないことをしていた。

それだけ切羽詰まってたってことで。私がもし1日でも、半日でも会社に行けなくなったら他の誰かが倒れる、というところまできていたからなぁ。

なんとか山場を越えたものの、数日、体力が元に戻らなかった。トシだなぁ。その後、風邪もひいちゃったし。

いずれにせよ、年齢的にも家庭の状況的にも、子供がいないときとは全然違うんだから、何とか方策を考えないと。

そんなこんなでお盆休みに入ろうか、という前日、起きたら右目の視野が狭くなっていた。びっくりー。

忙しい頃からいつものアレルギー性結膜炎を発症していたのだが、病院に行くヒマもなく、放置していたため、目は真っ赤、目やにだらけ。かゆくてたまらずかくから目頭が痛いし。コンタクトをやめれば少しはマシになるのはわかっていても、裸眼では自分の伸ばした手の先すら見えないど近眼の私が、眼鏡で仕事ができるわけもなく。

慌てて目を洗っても見えが悪い。ちょっとドキッとする。数年前、父が網膜剥離をやった。うちの会社も会社の規模からするとどう考えても多いだろう、という人数が網膜剥離になっている。目を酷使しすぎなんだろう。6月頃に受けた会社の健康診断でも、なんだか視力が落ちていた。最近、飛蚊もやたら多く飛ぶようになってきたし(飛蚊というのは、視野の中を動き回る黒い点のことです)。

仕事も一息ついているので、仕事前に眼科へ。いつものコンタクトレンズを合わせてもらう眼科の先生はどーみても儲け過ぎの食い過ぎでぶくぶく太り、手が震えている。ちゃんと診てもらえるか心配だったため、別の眼科へ。

きちんとレンズの調子や視力も見てもらえた。目は結膜炎だが、父が網膜剥離をやっているってのと、私の近眼が強度であるということから、一度、眼底検査をやっておいた方がいいといわれ、お願いする。

瞳孔を開く目薬を入れて待つこと15分。目の中をカメラで撮影。フラッシュで目の底を撮った。残像がかなりきつい。その後、診察。丁寧にみてもらって「異常なし。ただし1年に1度は眼底検査をした方がいい」と言われる。

網膜剥離は早く発見すればするほど、軽い治療で済む。ほとんど治るから怖い病気ではない。でも完全に網膜がはがれてからだと入院がやっかいだから(完全絶対安静。身動きひとつできなくなる)。父は加齢のこともあって、治ったものの運転中、道路の標識が読めないほど悪いらしい。もうこれ以上良くならないようなのだが、それでも車の運転を続けてる。怖いよ〜。

ほっとして会社に電話を入れると、緊急の打ち合わせがあるようですぐ得意先へ、と指示される。慌てて10分で昼食のおにぎりを摂っていると、今度は奥歯が痛い。

げー。

そういや、これも忙しい時期から何か痛いなぁと思っていたんだ。特に疲れ果てて寝た翌朝。前歯は順調で、次の診察は9月でいいと言われていたから、その時一緒に診てもらおうと思っていたのだが。

お盆の最中に痛みだしたら嫌だよ。詰めモノが割れていたりしたら、何も食べられない。

とりあえずおにぎりを飲み込み、得意先に駆け付けようとして愕然。瞳孔が開きっぱなしになっているらしく、外に出ると日差しがまぶしくて目を開けていられない。すごい。瞳孔を開く薬の威力。1年で一番暑い時期に検査やるんじゃなかった。それに次からは夕方の診察にしてもらおう。

涙を流しながら室内へ駆け込み、なんとか打ち合わせを済ませる。帰る頃には瞳孔を閉じる薬も効いて来たのか、大分マシになっていた。

会社で打ち合わせや仕事を済ませると、よい時間に。ふと思い付いて、いきつけの歯科に電話するとまだ診てもらえるという。

慌てて駆け付ける。主治医に「前歯じゃないんですよ」というと「なんやー」と笑われる。

奥歯の痛みを説明すると「あーあー、つるつるてかてかや。ものすごい噛んでるやろ」「7月はストレスがいろいろあって」と言い訳。

詰め物や歯を微妙に削ってもらい、噛み合わせの調整をしてもらう。ほんのちょっと削っただけなのに、痛みがすっと取れた。「微妙なもんやねんけどな」。部分レントゲンも撮る。写真を見ながら説明してもらうと、やはり圧力が掛かり過ぎて歯を包む筋肉が炎症を起こしているそうだ。

噛み合わせを調整し、炎症止めの飲み薬をもらう。来週またもう一度診てもらうことにして退散。

1日で医者をハシゴしてしまった。とにかく異常を感じたら行けるうちに病院行っておかないと。息子がいつ何時何をやるかわからないからね。

どちらも身体を酷使したゆえの結果。放置しても大丈夫かもしれないけど、不安や不快感を抱えたままになるから、片を付けてしまってよかった。

ホントに身体は大切にしないと、息子が成人するまでもたないよー。

      ☆

こんな病気話ばっかりじゃなくて、「太陽の塔」の話も書きたいです。すっごく良かった。

さららんは退団しちゃうし、まだ宙組観てないし。あーうー。

決意の日

2005年8月1日 宝塚
1年前の今日が、博多座星組公演の初日だった。

あの人が退団を決意した日。

私たちはそれを知らず、初日を迎えた日。役柄とか出番とか立ち位置とかを、いつものようにハラハラしながら気にしていたはず。

あの人はどんな思いでこの日を迎えたんだろうなぁ。でも実はこの日よりも決意する数日前の葛藤の方がしんどかっただろうなぁ。

私は博多座は1公演しか観ていない。仕事も忙しかったし、息子を預けて出かけるにはそれが限界だった。スカステで間もなく放送されるんだなぁ。

私たちは退団の決意を知らずに舞台を観ていたけど、あの人はその私たちを舞台の上から観ていたのだ。入り出にやってくるファンの姿も見ていたのだ。複雑だっただろうなぁ。

もし1年前の今日、いや昨日に戻って、あの人に直接話ができるとしたら、私は何を言うだろう?このところ、そんなことを考えていたけれど、よく、わからない。

ただわかるのは、今でも私は寂しくてたまらない、ということだけ。

    ☆

でもでもっ!オギー博多座の初日、師匠、いいなぁ!!!私も行きたい!!オギーの新作!?だもん!!
ふーちゃんて一体何だったんだ。

この情報を聞いて、最初に思ったことはこれだった。私はてっきりオサちゃんと添い遂げると思っていたのに。オサちゃんの退団を待たず、先に卒業するという。タニちゃんとかと同期らしいから、まだ学年的にもいけるんだろうに。

まぁ、でも、なぁ。わからんでもない、というのが正直なところ。

私はマラケシュの感想でも書いたけど、ふーちゃんがトップ娘役として出演した作品というのは、ほとんど観ていない。「マラケシュ」を観て「これって誰がトップ娘役なんだろう?」と首を傾げた。でも信頼できる人たちが「これまでの作品の中では、ふーちゃんはマシ」と口を揃えているのを聞くと、今までの作品も・・・だったのか、と思ってしまった。

オサちゃんのお嫁さん、というと私が連想するのはリカちゃんのことだ。

オサちゃんもリカちゃんも、トップ男役としてふさわしいと周囲から充分認められた上での就任だった。そして、お嫁さんも本命と思われていた人(リカちゃんは檀ちゃんorみえちゃん、オサちゃんはあすかちゃん)に対する抵抗もすさまじく、ファンの力がその就任を阻止する何分の一かの力になったのでは?、という点も同じ。そして、やってきた本当のお嫁さんに対する不満のすさまじさも。もともとの持ち味もナルシスト的スタンスが似合うというところが似ていると思う。

そこからは道が分かれ、リカちゃんは本人の不調もあったし(大海賊、ガイズ大劇ではほとんど声が出てなかった)どう見てもえみくらちゃんとは合わなかった。お互いに気の毒なことだ。まぁ、檀ちゃんでも合わんかっただろうなぁ、とは思う。そしてリカちゃんはえみくらちゃんを残し退団した。リカちゃんの週刊朝日だったかの林真理子氏との対談を読んだが、退団してからの方が本人のやりたいことがやれているし、性格にも合っているようだ。

オサちゃんは今度で3人目のお嫁さんを迎えるという。オサちゃんはトップに就任してからも安定した力を発揮しているし、宝塚トップ男役に似合う人で本人も満足そうだからいいんじゃないか。長期政権でも構わない。新しいお嫁さんと存分にやりあって欲しい。

で、ふーちゃん。

「何だったんだ」と思うのは、「トップ娘役として何だったんだ」ということ、だ。

トップ娘役が退団するときはサヨナラショーがある。その時、トップ時代を中心に作品を振り返ることになる。ふーちゃんの場合、その時に”これがふづき美世です”とくっきりと主張できるものがあるのだろうか?と疑問に思ってしまったのだ。まぁ、全部観てない私が言うんでいい加減なモンですが。

トップ、と名がつく人に必須の力は、華であり存在感だろう。それよりももっと必要なものは、いつだったか緑野こあら師匠も書いておられたが「力技」だ。どーしよーもない作品、人物を自分の力でもって何とかしてしまうだけの舞台ぢから、だ。その人だからこそ見せてもらえたオーラであり、パワーだ。

えみくらちゃん、あれだけリカちゃんと合わない合わないと言われ、若かったにも関わらず力技をもった人だったと思う。10代の少女、を作り込まずに自然に見せることができた。“これが映美くららです”という主張があった。つくづく相手役が違っていたらもっとプラスアルファの評価をもらえた人だったろうと思う。私の好みではないにしても。

ふーちゃんの場合、“これがふづき美世です”を一番感じさせてくれたのは「エイジオブイノセンス」だった。品と憂いを秘めた未亡人。あの姿をトップ娘役にふさわしいとした劇団の判断も無理からぬことだと思う。だが、残念ながらその後、トップ娘役でそれが、ない。何が原因で上手く行かなかったのだろう。劇場のスケールだろうか。作品との相性だろうか。

未亡人役者として「マラケシュ」のオリガは理想のキャラクターではないか、とあらすじを読んだ時は思った。なのに残酷な当て書き演出家・オギーはそういう存在とちょっとずれたところに持って行ってしまった。

花組のトップ娘役は実はオサちゃんだったのか?などとまで言われ始めたら、ふーちゃんは退団することになってしまった。

無理からぬことよ、と思いながら、ふーちゃんにはもうひと頑張りできないか?と思ってしまう。まだあと2作品ある。博多座マラケシュ(きっと別作品だもん)とエイジを書いてくれた景子先生の退団公演だ。

ふーちゃん、頑張れ。ここで何かを残さないと女がすたる。トップ娘役になりたくてなりたくてたまらなかったのに去って行った大勢の有望娘役さんたちに意地を見せて欲しい。“ふづき美世といえばこれ!”をぜひともモノにして欲しい。

でなければもったいない。ふーちゃん自身も、トップ娘役をやっていた時間も。頑張れ、ふーちゃん。
「長崎しぐれ坂」は結局2回しか観なかった。東宝も行く予定はないので大劇楽で見おさめ。

1回目に観たときから、人によっては気づかなかったという「卯之助、袖の下から小船を指す」というしぐさも私は気づいていたし、そもそも植田先生の作品だから、観る側が納得しようがどうだろうが、むなしい作品よ、とストーリーには諦めがついていた。

楽を観たときも、「はー、へー、ほー」ってなモンで、あまり感情を入れず見ていた。だってもうこれしか観ないのに、自分の中で納得っちゅーか昇華させる時間もないし、私は檀ちゃんの見送りのほうにエネルギー使いたかったし。

でも、kineさんのわたるくんお茶会のご報告を読んでひっかかっていたことがあった。あのラストシーン、イシ&わたるの愛の小船(@緑野こあら師匠)だが、その後、卯之助は死ぬ・・・らしい。あのまま船でイシちゃんと流されて沈んでいくっつーこってすな。

えええーーーっ!?

わたるくんがお茶会でそのような発言をしたらしく、私はkineさんに確かめてしまったよ。わたるくんの独自解釈なのか、植田先生の意図なのかはよくわかなんいけど。

ちょっと待ってよ。

わたるくんがとりあえず船に飛び乗って岸から船を離したのは、これ以上銃弾を浴びないため、追っ手を避けるため、伊佐を介抱するためでしょ?結果、伊佐が死んでしまったのはまぁ、撃ったしぃちゃんの腕がよかったっつーわけで。

なんで卯之助まで一緒に死ななきゃなんないのよ。場所は長崎の湾。奥深くに入り組んだ細い入り江(だったはず)。江戸まであの小船で行けなんて言わないよ。湾を出るだけでも大変だよ。夜の闇にまぎれてどこかの岸に流れ着き、そっと船を下りて伊佐の亡骸を埋め、髪の毛のひと房でも切り取って、それを懐に江戸へ。「お前さんがあれほど行きたがってた江戸だぜ」なんていいながら、縁の地にそっと撒いてやる、自分は一生その思い出と傷を背負っていきていく・・・ってのが男の美学ってもんじゃないのー!?そしてさらに年月は流れ、囲われ者から立場を変えたおしまとどこかで邂逅し、あの時のことを振り返る、そして自分たちの生きてきた道のむなしさを思う。こうじゃないのー!?こっちのほうがはるかに私は余韻に浸れる。

なのに、心中。なんで、心中。

一緒に死ねば観客は最後に力づくで納得させられる、と思うんでしょーか。

私はこのラストの結果で、スルーしようと思っていたストーリーへの疑問が一気に噴出してしまったよ。

宝塚でヘンな話はいっぱいあるけど、やっぱりなぁ。ラスト、幼馴染しかも男同士で船の中で心中する話ってのはかなりヘンな部類に入ると思う。深い溜息をついてしまうよ。

そんなことを考えていたら、星東宝、初日を迎えていたんですね。はぁ。檀ちゃん、いよいよ最後だ。

しかし。

「兄弟心中@血と砂」は許せてしまうってのが、あの、その、それがファンの甘さっちゅうか、酔ってるところなんでしょうか。こそこそ。
私が娘役さんのサヨナラショーを観るのは2度目。花エリザの楽でみどりちゃんのサヨナラショーを観たときにも思ったが、サヨナラショーのときの娘役さんが最高にオトコマエ度が上がっていると思う。みどりちゃんもまた、自分の歴史を辿るように歌い継ぎ、舞台の中央で輝いていた。銀橋を渡りながら客席に薔薇を投げた。オトコマエだった。星奈優里ちゃんのも観たけど、あれはノルさんと一緒だったからまた違うなぁ。

もうこれで最後、やりたいことやる、最後の私を見ておいて欲しいというふっきれた決意がはっきりと見えるように思うのだ。同じ宝塚にいるのに、男役と娘役では扱われ方が全く異なる。舞台を目指す人であるというのは基本的に同じだと思うのに。男役を引き立てることが最大命題、それはそれでいいけど、真ん中でありたいと舞台人なら思って当然。その最初で最後のチャンスなんじゃないか。

組長(最後までずっと女装。細い!)からお手紙が読まれ、愛称を呼ばれて階段を降りて来る退団者たち。またも思い出す。「はーーーーい」とその雰囲気に合わない(いや、合っていたか?)長い返事の後、緑の袴で降りてきたあの人のことを。

皆、挨拶の最後は「ありがとうございました」で締める。それぞれが、それぞれ自分らしい挨拶だったと思う。檀ちゃんは東宝まで頑張る、ということを言っていた。またそれで、あの人のことを思い出してしまった。

わたるくんのご挨拶も、また次、東宝公演で頑張るということを言っていた。最後にイシちゃんのご挨拶。GSの時、師匠が「最近のイシちゃんはご挨拶で歌うんですよ」と言われ「ほぅ、和歌を詠むんですね」と感心していたら「歌うんです!本当に!」と言われ「???」となっていた。だから「でーんでんむーしむし♪」とイシちゃんが歌い始めた時「これですかー!?」と隣の師匠に向かってずっこけてしまった。いや、珍しい(!?)モン見せてもらいましたわ。これが噂のイシちゃんのご挨拶かー。

幕が降りるが、何回か幕が開く。やはりこういう時は、トップさんが2人いるというのはやりにくそうだ。なんとなく譲り合いみたいな雰囲気になっちゃうから、締めになりにくい。が、最後に上がったとき、檀ちゃんが地声で「ありがとうございました!」と締めたのだ。すげー。確か花楽の時、樹里ちゃんはオサちゃんに挨拶を勧められたものの、マイクがなかったのでオサちゃんの顔のマイクを借りたりしていた。そういう躊躇をまったく見せず、檀ちゃんはその場を仕切った。
今の宝塚が誇る2大「漢」、わたるくんとイシちゃん、その二人よりもっとオトコマエな檀ちゃんだった。あっぱれ、だった。

のんびりと客席を出て、出のパレードの方へ向かう。外はかなり暑かった。kineさんがいい位置を確保してくだったので、便乗してその横に立つ。そしてふと思い出す。こうやって待っていた暑い夏の日のことを。5年前のあの日。時期もほぼ同じ。梅雨も明けきらない蒸し暑い日。まみさんのさよならは変則で、大劇場がラストだった。まさにこんな気候の中を待っていた。汐美さんの時はあまり気候に苦しめられた記憶がない。まみさんは東宝は凍死寸前、大劇は脱水寸前で記憶に刻まれている。同じような気候の中で、奥さんだった檀ちゃんも卒業するのだな、とふと思った。

人数が多いせいか、割と早めに下級生から順に出て来る。皆、晴れやかな笑顔。来られなかったおかっちファンの友人のために、携帯カメラで撮るが難しい。

駐車場の中に次の車がスタンバイしていたのだけど、後ろの方に見えているオープンカーがただならぬ雰囲気。運転手は何か赤い制服を着ていないか?その車が正面に回される。観客から歓声が上がる。白のロールスロイス。花一杯に飾り付けてある。

檀ちゃんが出て来る。階段降りの時にアップにしていた髪を後ろに降ろし、袴と同じ濃い緑のリボンをつけていた。会の人たちが声をかける。その中に「オトコマエの檀ちゃん」というのがあった。ファンもまたオトコマエであることを魅力と感じていたんだなぁ。

花いっぱい、運転手付きのロールスロイスに負けない存在感で、檀ちゃんは手を振って去って行った。外で見ていた友人によると、花の道辺りでまみさん似のしぐさで投げキスまでしていったそうだ。オットコマエ!檀ちゃん!

檀ちゃんが出たら、ダッシュで帰ろうと思っていたがすぐにわたるくんが出て来てくれたので頑張ってみる。恰好いいわぁ。脚ながーい。お疲れさまでした。檀ちゃんを送り出してくれてありがとう。私が次に観る時は、わたるくんの横にはとなみちゃんがいるんだなぁ。そしてイシちゃんも。イシちゃんの会の人も声をかけていた。

南口へ向けて歩いていると、その他の組子たちが楽屋口から出て来るところだった。うめちゃんを偶然見たけど、黒い服でとっても細かった。

南口の宝塚ホテルの前を通る。今日、きっとここでフェアウエルパーティが開かれるのだろう。ファンだけがお見送りする場がまた開かれるのだろう。

長い一日が終わった。

これからどういう気持ちで宝塚ファンをしていけばいいかなぁ、などと考えていた。確実に一区切り、ついた気がするから。仕事も忙しくなってきたし、息子とのコミュニケーションも大切になってきた。今までみたいには観られないかもしれないなぁ。でもあまり深く考えないようにしよう。自分なりに観られる範囲で、楽しんで観ることが一番だろうし。

何はともあれ、お疲れさまでした。
幕間。

出を見ることを考えると、何か胃に入れておかねば、と思うのだがさっぱりその気にならない。うーん、どうしよう。出の場所を取りに終演後に走るためか千秋楽の幕間のトイレはいつも劇混み。

ショー。

このショーなら何度か観ておけばよかったかな、と思うが私は2度目で見納め。檀ちゃんの出るショーもこれが最後。今まではちかちゃんがは入っていたポジションにとなみちゃんが。うめちゃんとツインで使われている。豪華豪華。またタイプが違う娘役さん同士なので豪華度が上がる。そこへ出てくる檀ちゃんはやっぱりトップ娘役。貫禄と華がある。

このショーでは、割と早めの場から、退団者がお花飾りをつけて出てきていた。一番最初に気づいたのはアカデミーのシーンで歌うまいまいかな?

ヤンさんのシーンでおかっちがタキシードに赤い花ををつけていたのを観て、うっと胸が詰まってしまった。思い出してしまったのだ、半年前のあの日のことを。あの人はほとんど花をつけなかった。でもみなみちゃんとの黒燕尾のシーンでのみ、みっこちゃんとお揃いで、白い花をつけていた。

そして気がつく。退団したのは確かにまだ半年たってないけど、この大劇場で階段を降りた日からは半年以上が過ぎていたのだ。いつの間にか。

赤い花はやはりとても目を引いて、ここに退団者がいます、ということを教えてくれた。他の退団者たちも花をつけて次々出てくる。そうなるとよくわかった。このショーが退団者たちにとても優しく作られていることが。

退団発表があるのは集合日だそうだが、それを知ってから演出家は配慮をするのだろうか。立ち位置のみならず、演出方法まで変えるのだろうか。汐美さんが荻田先生にたくさん愛のあるシーンをもらったように。

芝居と違ってショーの過ぎる時間はあっという間だった。まだまだだと思っていたのに、気が付くと大階段が出ていた。

わたるくんと檀ちゃんが大階段にたたずんでいる。1回目に観たときも思ったがなんて檀ちゃんらしいオトコマエないでたち。デュエットダンスを終え、ひとり、階段を登っていく檀ちゃん。見送り、ひとりセリ下がるわたるくん。前に見たとき、セリ下がるわたるくんの表情は切なさにゆがんでいた。ところが楽では微笑んでいたように私には見えた。安堵したような慈愛に満ちたような。それを見て思った。わたるくんと檀ちゃんは同志だったんだ。コンビとして寄り添いあうというより、一緒に歩んできた仲間だったんじゃないか、と。安心して卒業していいよ、しっかり見送るから、そんな風に言っているように私には思えた。

階段降りは変則で、退団者たちも花をつけず、また拍手も入れにくいものだった。だからこそそれまでの場でたくさん花をつけ、たくさんの拍手で送れてよかったと思う。

サヨナラショー。どうしても観たかった檀ちゃんのサヨナラショー。

幕が開くと、赤い衣装で階段にたたずむ檀ちゃん。中国語の歌から始まった。楊貴妃さまの衣もまとっていたかな。「王家」のアムネリス様のテーマ曲。格好よかったなぁ。「ドルチェ・ヴィータ」の曲までやってくれるとは思わなかったよ。「ESP」のミニスカポリスの曲も。フルコーラスの曲もあったけど、短めの曲も。檀れいの全てを見せますという構成が嬉しかった。

そしてまさかと思ったが「BMB」の「エンドレス・ドリーム」。滅茶苦茶嬉しかった。私が宝塚ファンになったきっかけのショー。まみさんのショー。まみさんの持ち歌。まみさん退団後の最初のコンサート「ライブA」もこの曲から始まった。その男役キーの歌を迫力ある檀ちゃんの歌声が再現する。檀ちゃんはそのまま銀橋までひとりで渡ってしまった。渡るとき、横にまみさんがいるように思えた。月組時代もきちんとなぞってくれたことが嬉しかった。これが、観たかった。

檀ちゃん着替えの最中に、他の退団者たちの星組の絢爛の歌。銀橋を渡らせてあげる配慮が嬉しい。

また檀ちゃんが登場。今度も赤い衣装。檀ちゃんといえば「赤」なんだなぁ。「BMB」の赤い花はタイトルロールだったもの。あの衣装もすごかったよなぁ。イシちゃんと雪組時代をなぞる。いや、もう愛だよ。ひとりの人の歴史をなぞってもらうってすごいことだよ。「うたかた」の今度のお相手はとうこちゃん。さすがに腰が引けることもなく(笑)。わたるくんとの曲は私にはわからなかったが、終演後kineさんに「風共」の曲と教えてもらった。それもとてもふさわしい気がした。出会いの曲だもんね。

最後に河村隆一氏がMSに提供した歌。とってもいい曲。特に歌詞がいい。MSで一度聞いておいてよかったね、と師匠という。2度目なので味わい深かったし(ちょっと音程も・笑)。

大満足のサヨナラショーだった。観たかったものを全て観せてもらえた。まみさんの歴史、ケロちゃんの歴史。しっかり辿れた。もしこれで宝塚が見納めだとしても、私は悔いは無いだろう。
大劇場の星楽、観劇してきました。

はぁ、もう。なんていうか。これで当分、「息子が発熱して観られないと絶対困る!」なプレッシャーのかかる観劇はない予定。去年の11月8日、汐美さんの大劇楽の終演後、無事に見終えて腰が砕けそうになったのに、少し近いような達成感がありました。

だからってー、自分が達成感でほっとしたからといって、すみません。kineさんが無口になってらっしゃるのに気軽に声かけしてしまった。そこで改めて気がつきました。遅いっつーねん。kineさんは今日、退団するひとりひとりを、そして星組を愛して、送り出そうとしておられたのに。ごめんなさい。

達成感のもうひとつの理由はやっぱり檀ちゃん。私が観たかった檀ちゃん。オトコマエの檀ちゃん、真琴つばささんとの月組時代、汐美さん(正確にはわたるくん)との星組時代。私の宝塚ファンの歴史を総括するようなサヨナラショー。これが観たかった。そういうものを見せてもらえました。

私の宝塚ファン時代がひとつ、完結した気分です。

           ☆

前の花楽でのんきにしていて樹里ちゃんの入りを見逃したこともあって、今回は気合を入れて9時半には花の道にスタンバイ。緑野こあら師匠、kineさんと合流、少しずつ星組の生徒さんたちが入るのを見る。
退団者は白い服。見送るファンも白い服。私たちもああだったんだな。あの時は目の前の、これから最後の舞台に臨むひとしか見えてなかったけど、私たちもギャラリーの人たちからはこんな風に見えていたんだな、などと思う。あんなに私には大切なジェンヌさんでも、宝塚ではよくある風景のひとつでしかないんだろう。

檀ちゃんが入ったのは10時ジャストだった。わたるくんはその5分位前だったかな?わたるくんは居並ぶ大勢のファンの人たち全員からお手紙を受け取っていた。格好いい!

そして檀ちゃんは白いいでたち。ひるがえる白いスカート、そこからのぞく細い脚ばかり見ていた。檀ちゃんはファンの方たちにガッツポーズでこたえて、楽屋口に消えていった。

ぼちぼちと移動し、喫茶店でおしゃべり&お茶。いろんな知り合いと声を交わしたり。チケットレスで劇場に来ている人も多かった。檀ちゃんをお見送りしたかったのだろう。でもなぜか不思議にも思えた。だって檀ちゃんは大きな声で「好き」と言いにくい娘役さんだったから。それはまみさんの奥さんだった時からそう。私がまだ宝塚ファン初心者でぴよぴよしていた時、ぴあで並んでいるとまみファンの方からいかに檀ちゃんがひどい相手役かをこんこんと聞かされた。初心者の私はそれだけでビビってしまっていた。今なら、相手役に不満のないトップファンなんていないわよ、と笑えるけど。

でもサヨナラ写真集はキャトルで一番の売れ行きらしい。私の周囲の人たちも買っている人が多かった。私も1冊、買った。ここまで自分を持ってきたのは、檀ちゃんの努力、心意気のなせる技だろう。一度退いたトップ娘役から再度登板するだけの何かを檀ちゃんは自分で身につけたのだと思う。あなたがいたから、私はアムネリス様にも揚貴妃様にも会えた。

そろそろ劇場に行かねば、と移動し始めた時、目の前を藤井大介先生が歩いていた。皆でこっそり「今頃こんな所にいて、サヨナラショーの演出は大丈夫か?」と突っ込む。でも心配はしていなかった。藤井先生なら愛ある演出をしてくれるはず、と思っていたから。

湿度が高く、気温も高い日。どうも体調がすぐれず、食欲が全く湧かなかった。私にしては珍しいことだった。

芝居。

うーうーうー。キツカッタわ。1回目観た時は、さんざん「駄作」という情報を仕入れてから行ったから「あら、マシじゃない、この舞踊会」なんて思っていたのだが、2回目であまりの退屈さに疲れてしまった。「長安」で培った“肝心なところ以外は睡眠に当てる”技を使おうとしたが、そうするとアドリブが飛び出す。
体調がイマイチなこともあって、作品への怒りすら湧かない。どんな“卑怯な”“不粋な”“不快感のある”セリフや行動が飛び出しても「あーそーですかー」と流してしまった。そうすることで感覚を麻痺させていたのかもしれない。

お隣の席だった師匠はそれでも幕間に「乗り越えたわ!」と力強く宣言しておられた。5回観たら乗り越えられるんでしょうか?

ここでも感服したのはひたすらわたるくんの力技。どうしようもないのに!なんで男同士、宝塚の舞台で船の上で死ななきゃならないのかわからないのに!わたるくんは渾身の演技でイシちゃんを看取っていた。これがトップスターなんだろうなぁ。

イシちゃんもさらにきめ細かくセリフの強弱をつけて、伊佐次が破綻しないように、それがマシなら少しでも一貫性のある人間に見せようと頑張っていたように思う。

退団するまいまいの歌声に聞き惚れ、おかっちの立ち姿に見入る。檀ちゃんはもちろん、「お別れです」のセリフに全てを込めていたように思う。そういうところに私はオペラを合わせていた。

長い長いお芝居が終わった。

(以下、続く・・・すみません、書けた分だけ少しずつアップしていきます)
今年の一連のバウシリーズで、これは観たいな、観ようと決めていたのは、ともちん主演の宙バウでした。

なぜ?とよく問われたので、「あひちゃんはなんとなく分かるから」とか「景子先生の作品は生で観ないと空気感がつかめないから」とか「宙のエンカレでともちんとじんじんが歌が上手いなと思っていたから」などと言っていました。

でももうひとつ、理由を隠してました。

「汐美真帆と関係ないから」

とにかく、汐美さんと関係のある舞台を観たくなかったんです。重症です。呆れて下さい。私はそんな人間です。あひちゃんは元月組だし、ケロちゃんの役をやっていたことがあります(ゼンダ)。星組・月組は論外です。関係者、たくさん出ますから。花組はあのポスターでひっくり返りました。雪組は太田先生っつーのがひっかかりました。

宙組の下級生ばっかりの舞台なら、汐美さんのことを想わず観られるだろう、そんなヘタレなことを考えてました。

退団後、全てがどーでもよくなってきてはいたのですが、思いがけず雪バウでものすごーく楽しい思いをしたので、やっぱり何でも観ておくべきだな、と考えを改めました。

初心貫徹、ともちんバウのチケットを購入しようとしたものの、なぜか掲示板にもオークションにも出ないので、慌ててぴあで最後列を購入、暑くなってきてどうも機嫌の悪い息子を連れて、観劇しに行きました。

景子先生は上手い。特に今回は上手かったと思います。景子先生はよく食卓をモチーフに使いますね。アンナカレーニナとかエイジオブイノセンスとか。今回が一番上手に使えていたと思います。

舞台のセットも全く動かないけど、それで見劣りすることはなく、奥に生演奏を入れているのに、その空間を実にうまく使えていた。セリフも全てに意味があり、美しい。特に普段の宝塚ではあり得ないほど、女性キャラクターが人生を持っていた。それも主役だけでなく、脇のひとりひとりまで。娘役さんたち、やりがいがあったろうなぁ。

人と人が出会うことで、ドラマが動いていく。お互いに影響しあって変わっていく。ちゃんと描けていました。

生徒さんたちも、ともちん、大きい大きい!真ん中に立つとその大きさがメリットであることがよくわかる。身体の大きさだけじゃなくて、ダンスも大きくてよかった。毛野ちゃんは歌をもっと聞かせてほしかったな。上手い人なんだもの。囁き声で歌える人って私は他には花ちゃんしか知りません。じんじんはさすが!あのおじいさんの歌の後で、拍手、湧いてました。カチャはスター候補ですね。あの思いきりのいい髪型は好感が持てました。
その他のキャストもしっかりはまってました。私はあひちゃんバージョンを観ていないので、Bチームのキャストでちゃんと当てがきになっていると思ったのですが、両方観た友人によると、Aに当てがきしてあったようだ、ということでした。

本当に破綻のない公演でした。ちょっと気になったことがあるとすれば、「負け組」とか「個人情報」とか今の今に流布している言葉が出て来ること。これらの言葉はリアルタイムの時代の空気を含んでいるので、その言葉が与えるニュアンスは、あと半年もすれば伝わらなくなってしまうから、もったいないなーと。

ま、その位です。景子先生はとことんこだわっているようで、お皿の上の料理の模造品も、ほぼセリフのメニュー通りだったから、ちゃんとあつらえて作っているんでしょうね。生のベリー類をつまみ食いしていたし、ワイン(?ジュースかな)も注いでいた。生モノが出て来る舞台って宝塚では私は初めて観た気がします。

こんなにきめ細かく、完成度が高く、評判もよい作品なのに。

私はのめりこめなかった。いえ、ちゃんと舞台の上の誰かに感情移入はしていたんですよ。なのに。時々ぼーっと舞台を眺めてしまった。

いかん。長安、雪バウ、長崎と、トンデモ慣れしすぎて感覚が鈍っているのか!?怖いよう。

景子先生の舞台といえば、この前のタニ&ゆうひバウ。私はゆうひバージョンしか観れなかったけど(退団騒ぎで)、それぞれのファンの人たちが「タニちゃんに当て書きされた素晴らしい作品」「ゆうひちゃんに当て書きされた素晴らしい作品」と言っていたのが印象に残っている。

どちらが正しいかなんてそれはどうでもよくて、どのファンも満足したってことだから、それは幸せなことだと思う。

今回の作品も、多分、あひちゃんのファンも、ともちんのファンもどちらも喜んでいるだろうな、と思う。

さらに観客も喜んでいる人が多いだろうな。

そう、多分、私は疲れていたんだ。あのような繊細な世界じゃないもので、現実を忘れたい、それが今の私のニーズなのかもしれない。この際、長安でも、長崎でも・・・と終演後、友人に口走りそうになって慌てましたよ。

ひとりの孤独な女の子が、自分を癒してくれる素敵な男性と出会い、恋に落ちる。信頼できる個性豊かな仲間がそれを見守る。いい話。いい話なんだけど、今の私は「よかったね」という気分が先に立ってしまう。そんないい舞台を観られてみんな「よかったね」とほっこりする。

でも自分はその中に入っていないような。

まぁ、しょうがない。もう少し前ならそういう気分になれただろう。もう少し後ならさらに懐しく思えただろう。

今の私の食卓ったら、朝昼晩合わせて30分だもんな。昼も仕事した方が早く帰れるならなるべく短縮したいし他の用事がある時もある。夜も息子と一緒ならなおさら、息子が食べ飽きる前にこっちの食事も終わらさないとな。お陰で胃が荒れまくってる。

それも幸せのひとつだろうけど、景子先生の描く食卓の風景とはかなり遠いところにある。今はね。

遠い美しい風景、観に行ってよかった、そう思う。
ゴールデンステップス、私はプログラムを買っていなかったので、幕間に緑野こあら師匠に見せていただいていた。そこで、師匠がおっしゃるように、必死に2幕目、イシ理事の出番をチェックしていた。

そう、決して私はイシ理事のファンというわけではない。だから師匠はびっくりされていたのだと思う。んで無意識に「心臓に悪いもん」と言ったよなぁ。

TCA同様、このGSでも、イシちゃんが随所に出て来て、トップオブトップとして場を持つものだと思い込んでいたから、1幕目、終わる頃になって「イシちゃん出て来ない。いつ出てくるの?どーんと出てくるの?」などと気になり始めた。それが出てこないままおわっちゃったから、プログラムをチェックすることになってしまったのだ。

なーんで、私は「心臓に悪い」と思ったのかなぁ。

いや、何となくわかっている。その前に星公演を観たからだ。星公演、芝居にしろショーにしろ、わたるくんが現役トップスターのオーラをばりばりに出しまくって、その生生しい生きたオーラに圧倒され、酔いそうになっていた。

ところが、イシちゃんのオーラはそれとは明らかに種類が違っていたことに愕然としていたのだ。

もちろん、トップとしてのオーラだ。迫力も魅力も輝きもある。でもわたるくんと対比すると、それは「専科トップ」としてのオーラだ。別次元、有り体に言えば枯れた雰囲気があったように私は感じた。

そりゃそうだろう。私は同じ71期のまみさんのファンだった。中卒で若いとはいえまみさんと同期。4人がトップを張っていたころ、わたるくんは若手路線、3番手辺り?今で言えば蘭とむとかまとぶんと同じなわけだ。

その若手と同じ土俵でトップを張れば、そりゃあ枯れた雰囲気にもなるわ。

さらに振り返ると、私がイシちゃんの舞台を観たのは実は久々だった。他組特出で言えばこの前の「青い鳥」は観てないし、その前の花組も観ていない。いつだったか日舞だけに出ていたのは観たような気がするが、その公演自体が何の公演だったかすら思い出せない。

はっきり覚えているのはもしかして「愛燃える」かい!?あれって「血と砂」と同時期上演だから4年半前だ。その後の「風共」は観たよな。あれは「ガイズ東宝」と同時期だから(ケロちゃん出演舞台が私の時間軸)その半年後、くらいよね。

その頃は組所属の生徒さんたちとの、オーラの違いなんてなかった。その後久々に観たイシちゃんは違っていたのだ。

だから心臓に悪かったんだ。

星公演、突然異質なものが出て来るんだもの。機嫌よく現役生徒を観ている気分の時に、突然違うものが混じって出てくる違和感。なんだろう、なんだろう。イヤではないけど何かひっかかる。

そんな気分で星公演を観ていた。

イシちゃんはこれからも組の公演にこうやって出続けるのだろうか。ご贔屓がいない今、出ても出なくても私にはさほどどちらでもいいことだ。でも、トップさんが順調に代替わりしていく中では、いくら歳を取りにくいジェンヌさんとはいえ、異質なものが混じる違和感はさらに表面化してくるのではないか?

その辺りは劇団も考えているだろう。もしかすると、イシちゃんが堂々と大劇のトップを張ることはできなくなっていくかもしれない。今までのように組子と同一のラインで観ることはできなくなるかもしれない。

退団しないイシちゃんとはいえ、その姿を今までと同じ気持ちで観ることはできなくなるかもしれない。

退団しないからいつでも観られる、と安心していてはいけないんだな、やはり彼、もとい彼女も宝塚歌劇団という時間の流れの中に身を置いていて、「常に移り変わって行くことで、今しか観られないという稀少感で盛り上げる」手法から逃れられないんだ。ちゃんと心してイシちゃんの姿も観ておかなければ。

そんな風に思い至った。

と思うとですね。まーったく歳を取らないみえこ先生って。化け物。
汐美さん退団後、じめじめしていた私だからGSというイベントもさほど気には止めていなかった。だが、緑野こあら師匠やkineさんが「観たいけどTCAよりこちらのチケットの方が心配」とおっしゃっているのを聞いて、「ふーん、皆さんが御覧になるなら一応チケット取ってみようか。平日だし、ま、取れてからどうするか考えよう」と気軽に手配した。

幸いなことに、2公演とも取れた。その時は2公演とも観る気はなく、仕事が抜けれそうだったら昼だけを、抜けれなさそうだったら夜だけを観るつもりだった。チケットはギリギリでもさばけるかな?と手元に持っていた。

どの組の誰が出るかもあまりチェックせず、羽山先生の作品も気に掛けず、TCAを観たり、オギーの花組芝居を観たりしていた。

一般発売後、師匠が2公演とも御覧になるということを知った。「ダンス公演だから2回観ないとわからないと思って」と。そうか!ダンス公演だったんだ。誰がどこに出て来るか、全然わからないんだから、私も2回観ればいいんだ。そんな選択肢も思い浮かんでなかった。

2公演とも観る気満々になってきた私。公演前後、師匠とおしゃべりできたら楽しいだろうなぁ。

公演日が近付いてくるにつれ、ちょっとずつネット上に演目が漏れ始めてきた。やーばーい。全然、わからない。

たった4年半しか宝塚ファンしてない私。知っている演目はどうも「With a Song in My Hart」のチャイナドールだけらしい。その頃にはチケットも高騰している事に気付き、なんだか私が2公演も観ていいものか、と自己嫌悪に陥り始めた。観たい人がいっぱいいるのに、2公演ともB席のてっぺんとはいえ、いいんだろうか。ご贔屓が出ているわけでもないのに。

観ても全然わからない、楽しめないかもしれない。

だから、都合で夜は絶対観られない、とわかったとき、なんだかほっとした。悔しい気持ちが4割、でも貴重な公演をこんな人間が観るべきではなかったんだ、神様がそうおっしゃったんだ、と思う気持ち6割、だった。

気持ちの中でチケットが右へ左へ揺れていた。

仕事が忙しく、昼公演も観るのは厳しい状況だったが、なんとか都合をつけたのは1公演なら観てもいい?神様、怒らないかな、と思えたし、師匠たちにもお目にかかりたかったから。

頑張って大劇場に駆け付けた。

感想。

素晴らしかった。胸のすくような公演、プロの仕事だった。楽しかった。観て良かった。いいものみせてもらえた。

どの場面もこの公演の一場面に選ばれただけある。迫力、美しさ、統制の取れた群舞、ダンス。そしてそれをこなす選抜された生徒さんたち。

私がよく知っている月組、星組が出ていたことも幸いした。オペラに入って来る生徒さんたちのたたずまいに覚えがあり、素晴らしい場面に出て、頑張って踊っている姿を観るのはひたすら嬉しかった。

こんなに素晴らしいなら、ぜひ花組も、宙組も出て欲しかった。

知らない演目だったが楽しめた。知らない場面だから楽しめた、とも言えると思う。知っていての楽しみもあるだろうけど、私はチャイナドールを観た時、オリジナルとつい比較してしまったから。全然知らない他の演目も、ひたすら感嘆しながら観ていた。

特に陶酔してしまったのは、2幕目のわたるくんを中心とした大階段の場面。大階段を小さく見せる男・湖月わたるの真骨頂のように思えた。もちろん1幕目も素晴らしかった。公演中なのにあの迫力。"うちのトップさんはすごいでしょ”と誇らしくさえあった。

だから、夜公演、わたるくんファンのkineさんに観てもらえることになって、本当に良かったと思った。

正直、1幕終わった時、「2回目も観たかったよ〜!」とじたじたしていた。観られないのに悔しがっていた。それほど気に入ったのだ。

でも、終演後、ばったりkineさんと合流できて、その姿が目に入った時「この人にあのわたるくんを観てもらいたい!」と強く強く思った。観てもらわなければ!と。

プレミアムチケットを持っている時は、実はいつも私は神様に聞いている。「私がこの公演、観てもいいですか?」と。小心者だから。ダメな時はきっとダメになるだろう。いい時はそっとB席の隅っこから観られるだろう。

今回は「1回は観てもいいよ、でも1回はわたるファンに観てもらいなさい」ってことだったのだと思う。

観て良かった。観てもらえてよかった。心から満足できた公演だった。

     ☆

真面目な話はこれ位にして。覚え書き兼感想。

・師匠のせいでっ!まちかめぐるが目について目についてしょうがないっす(泣)。幕間にそう言って訴えたら、師匠も同じだそうで。さらに「ゆうほさとるも目につくんです」とおっしゃるからっ!私は2幕目はゆうほさとるも目についてしょうがなくなりました。額に汗するはまこさんも。えーん。観たい人、他にもいっぱいいるのにっ!!呪いはすごいです。

・黒エンビの場面が多かったので、これはもう、着こなせてるかどうかが歴然とわかってしまいました。特に後ろ姿。誰とはいいませんが、下級生さんたちはやはりまだまだなんだな、と。

・上にも書きましたが、わたるくん、素晴らしい!あれだけの男役をしたがえて、なお真ん中で大きく輝いていました。トップオーラが出まくってます。今一番、脂が乗ってるんでしょうね。

・越リュウがいい仕事してました!扱いもよく、さすがダンサー。愛されてますね。

・水くんが芯の場面。キムくんも相変わらず毒々しいし、うめちゃんの開脚、いいんですか状態。男役の女装かと思いました。

・ゆうひくん、ダンス上手くなってます?カウントにも遅れないし、芯の入った踊り方になってきたように感じました。頼もしいです。

・話題のチャイナドール。オリジナル縮小率70パーセント(笑)。色気云々よりも「成功するかどうか」で舞台上も客席も緊張感で張りつめてました。終わってほっとした雰囲気が。

・場面転換が上手く行かず、暗転がちょっと長めだったりして、終演時間が押してました。予定より10分位遅かったんじゃないかな?

・舞台装置はとてもシンプル。1幕目はセリを上手に使い、2幕目は大階段を主に使っていてとてもよい構成でした。

・終演時のご挨拶がまたよかった。組ごとに下級生から一列にさっと袖から走り出て来て一礼。次に上級生。最後にトップさん。リサイタルならでは、ですね。

・イシちゃんのご挨拶もきちんとまとまってました。

・このDVDはご贔屓が出ていれば、どんな下級生でも“買い”だと思います。この公演に出て踊っただけですごいことなんじゃないでしょうか。

こんなところでしょうか。また思い出したり、他の方の感想読んで刺激されて書き足したいところが出てくれば書きます。

     ☆

白木蓮さま、お世話になりました。お疲れさまでした。遠路はるばるいらした甲斐があった公演でよかったですね。またお目にかかれると嬉しいです。
ショーは、久々に普通のショーを観た、という印象が強い。藤井先生のショーがまともかどうかは置いといて、でも星組では1本モノとか「ドルチェ・ヴィータ」とかやってたから花組や雪組でやってるような普通のショーは久々。特にわたるくん、トップにおける作品のひとつに普通のショーが来てよかったね、と思った。

となると、もしかしてケロちゃんて普通のショーって出てない?今回のショーに出る前に辞めたんだからさぁ。
月組時代だってリカちゃんときはまともなショーはなかったし。さらに遡ってまみさんときは「ESP」とか「BMB」とかだしなぁ。「ジャズマニア」くらいかなぁ?

芝居では平気だったのに、ショーになるとあの人がいないことをどの瞬間にも感じてしまい、ショーを楽しむどころではなかった。

しょうがない。これは儀式だ。ご贔屓が辞めた人間が、次にその組を観る時に経なければならない関門だ。

檀ちゃんだけは見つめつづけた。ああ、ちゃんとショーではわたるくんと組んでいる。わたるくんもまた本来のトップ姿に戻って大きなオーラを出し続けている。いいなぁ、この2人。とうこちゃんもいいなぁ、しぃちゃんもまとぶんもすずみんもみらんくんもれおんくんもあかしも。うめちゃん、となみちゃん、みなみちゃん、せんどーさん・・・。皆頑張ってね。

楽しいショー。あのひとつ前のショーのような、はまると抜け出せない美しい悪夢の世界とは違う、楽しく華やかな世界。あの人のいない世界だからただひたすらこちら側から眺めているだけでいい。

途中、黒タキシードの場面があって、花組っぽいな?と思っていたらヤンさんの振り付けだったようだ。

檀ちゃんとわたるくんのデュエットダンス。ソフト帽とトレンチという、檀ちゃんらしいいでたちで彼女は大階段を登って消えて行った。わたるくんが一人すぐセリ下がって行く時の、哀愁に満ちた表情も嬉しかった。

       ☆

この公演は、サバキでチケットをゲットした。門の前まで係員さんが出て来て目を光らせるようになって、またサバキがしにくくなっていた。もういいじゃん。大目に見てよね。

迷う間もなく1階A席を入手して座席についてしばらくして「おっ?」となった。私の隣辺りからずらーっと会服を着た人たちの群れが。どうも湖月会らしい。トップ会はさすがの迫力で、座っているだけで集団のオーラが漂って来る。私がまみ会やケロ会に入っていた時、総見に参加したことはなかったので、こんなに会の人の近くで観るのは初めての経験。ひー、びっくり。私周辺のそこだけ一般客な一団だけ浮いていた。もしかしてわたるくんの視線のおこぼれが来るかも?とちょっと嬉しかったけど。

開演5分前になって金髪な人たちが歩いて来る。期待しない時に限って生徒の観劇があることが多い。でもほとんど誰が誰だかわからないから私には豚に真珠なんだけど。

でもさすがに最後にやってきた人はわかった。あさこちゃんとゆうひくんだった。あさこちゃん、とわかった時点で観客から拍手が上がる。トップ就任おめでとう、ということだね。照れたように笑うあさこちゃんとは対照的にまったく表情を変えずに歩く眼鏡のゆうひくん。ク、クールビューティねぇ。

思い返してみると、私がオフのゆうひくんを見る時は、たいていニコニコしたので、今回、都合4回それなりの近さで見たけど常に表情は「クール」で何だか新鮮だった。あれがいつもの姿なのかな?私のこれまでの印象は「血と砂」の終演時兄弟漫才ご挨拶とか、CSやWOWWOWでケロちゃんとしゃべってる時とか、入り出でファンの人からお手紙受け取っている時とか、DSで同じテーブルの組子たちと談笑してるとか、だったからなぁ。芦屋美術館で見た時もそれなりにニコニコしていたよ?

後からもうひとりがかなみちゃんとわかった。意外な程ほっそりしていた。

     ☆

幕間にはkineさんにお付き合いいただいてプチミュージアムも行ったし、しぃちゃんがきちんと顔を元に戻していたのも確認したし(TCAでころっころになっていてびっくりしたのよ)。なかなか実り多い???観劇だった。

でも一番、強く感じたのは、あの人、汐美真帆はいないのだ、ということだった。
大劇場星組公演「長崎しぐれ坂/ソウル・オブ・シバ」を観てきた。

本当は楽ギリギリに1回だけ観るつもりだった。だが、月エリザ楽のように子供が体調崩したり、仕事が休めなかったりで、行けなくなることも考えられる。この星公演、ご贔屓が出てるわけでなし、また観なければ後悔する作品ではなさそうだし(特に芝居)、諦めはつくとは思うが、やはり檀ちゃんを見納められないのは辛い。檀ちゃん大好きだもん。

ケロちゃんがいない星組の舞台を観るのは辛いことは分かっていた。いつかは観なければならない、その最初をいつにするか、できるだけ遅いほうがよかった。でも檀ちゃんは観なければ。そう思ってふと「今日なら行ける」と条件が整った日曜日に急遽、行ってきた。

芝居はトンデモの一種だったので、特にどうということはなかったけど、ショーはねぇ、やっぱり。いるべきはずの人が、いるべき一群の中にいないのだ。なにより、そこにとうこちゃんがいるのに、挙句に、客席にはゆうひくんまでいるのに、あなたはいないのだ。

なんでいないの?

あそこにいれば、赤い衣装、白い衣装を着て、誰よりも嬉しそうな笑顔で踊っていただろう。私はそれを観て、わくわくしていただろう。美しい顔にうっとりしていただろう。醸し出される色気にどきどきしていただろう。

扱いとかの問題じゃなくて、ただ、ただ、そこにいないことが寂しく、辛かった。ただ、そこにいて欲しかった。

でもわかってる。2度目を観たならこんなに辛くはないだろう。まみさんの時の経験から自分が慣れていくものだ、ということは分かっているから。慣れる、ということもまた淋しいものだな、と思う。いないことを当然と受け止める自分を認めることなんだから。

       ☆

で、芝居。「舞踊会+梅田コマ劇場公演5月特別公演 主演:轟悠 ゲスト:宝塚歌劇団星組の皆さん」つーことですかね。最初っから舞踊会と思って観ていれば、プロローグの長い踊りも楽しめる。ちょっと時代がかったセリフがくっついてるんだな、とかね。途中の精霊流しの部分なんかは舞踊会にしちゃ、ドラマチックな迫力があってとても気に入った。

観劇中は、緑野こあら師匠やkineさんがおっしゃるように、「この芝居、誰が喜ぶんだろう」という思いが頭の中をぐるぐると回っていた。団体のおじ(い)さま、おば(あ)さまは喜ばれるかもしれない。しかしなぁ、クライマックス、卯之助が袖の下から小舟を指差して「(逃げろ)」と指し示すなんてちっちゃな芝居(わたるくんは極力大きな動作にしていたけど)、じさまばさまには見えないと思うよ?大芝居にするならもっとわかりやすーくする方が親切というものだ。

そうそう、師匠の日記にあった”子役の場面の背景の巨大○キブリ”ってなーんのことか?と思っていたら、あの神輿ですか!確かに動き方がなんともゴ○ブリそっくりで、観ていて必死に笑いをこらえてしまいました。

芝居で強く思ったのは、ひとことで言えば、皆、役不足、ということだった。わたるくんはさすがにもうトップ4作目で、はっきりいって岡っ引きの小物の風情がない。持ち味の包容感とも相まって、えらく大物に見えちゃう。トップ就任1作目2作目辺りでイシちゃんに客演願うならまぁ、わからんでもないけど今さら、という位トップオーラが漂いまくっていた。これまでやってきた役が英雄だの皇帝陛下だもんねぇ。
とうこちゃんも血気盛んな親思いの無鉄砲者ににしちゃあ、何だかそこはかとなく達観した雰囲気があって、こちらも“大芝居してまーす”って感じが。まとぶんもこの程度の役ならきっちりこなすし、しぃちゃんはまんま過ぎて(笑)余裕を感じさせてくれた。
もちろん檀ちゃんも。退団公演なのに(リピート100回)途中で消える。その最後の場面。わたるくんとのやりとりとか、一人で決意を語る場面とか、思いの丈というか迫力ありすぎ。

結局、どーしよーもない芝居を、役者の力でどうにかしようと脂が乗ってきたトップさんや、退団前の経験豊かなトップ娘役、これまた経験たっぷりの2番手以下が、どうにかしようと頑張れば頑張る程、ますます与えられた役と乖離していく哀しさ。

初日の幕が明いてまだ2週間程度だと思うんだけど、それでこんなになってちゃあ、これからどうなっていくの?と心配だった。だんだん落としどころが分かってちょうどいいところで止まるのかなぁ?

で、イシちゃんは?というとですね。この芝居の「ヒロイン」ですよね?たった一発撃たれただけではかなく倒れ、小舟の中でトップさんの胸に抱かれてスモークの中で死んでいくんですから。てなことを終演後、師匠にお話ししていたら「初日よりもっとヒロインぽくなってきてますよ」とにっこりおっしゃった。イシちゃんもまた、この芝居を何とかしようと頑張ってるんだなぁ。ちと違う?

ま、何にせよ、これをリピートしなくて済んでよかったな、檀ちゃんファンは可哀相だ!次観るならショーからでいいかな、いや、芝居の途中に挟まってる舞踊会の2幕目はなかなかいいからそこだけ観たいな、とか。まぁ、そんな芝居だった。

あ、柚長さんいい女でした!この役、新公でみなみちゃんがやるんだよね?れおんくんとベッドシーン、観てみたい〜。うっとり。

      

1 2 3 4 5 6 7 8 9